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姉妹都市 リュエイユ・マルメゾン市(フランス共和国)

[2013(平成25)年1月8日]
東金市は1990年(平成2年)11月7日にリュエイユ・マルメゾン市(フランス共和国)と姉妹都市締結しました。 以来、交換訪問や広報誌・グリーティングカードの交換などを通じて、交流を深めてきました。

リュエイユ・マルメゾン市(Rueil-Malmaison)

イル・ド・フランス州オー・ド・セーヌ県に属し、首都パリの西方約10キロメートル、 セーヌ川のほとりに位置する人口約7万人の都市です。豊かな自然と歴史を誇り、 文化芸術活動が盛んに行なわれています。市北部にはリュエイユ2000と呼ばれる新都心が建設され、 石油化学関連企業やコンピューターメーカーなどの本社や研究所が多数立地しています。 なお、ナポレオンとジョゼフィーヌが暮らしたマルメゾン城は市のシンボルとなっていて、 建物は博物館として往時をしのぶ品々とともに公開されています。

ナポレオンとジョゼフィーヌゆかりの町

ジョゼフィーヌの肖像画と像

 ルイ13世の宰相であったリシュリューがこの地のヴァル城の所有者になったのがきっかけで、 王侯貴族が行き交うようになりリュエイユは一躍有名になりました。市内には由緒ある歴史的建造物が多く、なかでも今から200年ほど前に、 ナポレオンとその妻のジョゼフィーヌが蜜月時代を過ごしたマルメゾン城が有名です。
リュエイユの旧市街地は聖ピエール・聖ポール教会を中心に広がっていて、この教会にはジョゼフィーヌのお墓があり、 ルーブル美術館にあるダビッドによる絵画「ナポレオン皇帝の戴冠式」と同じ格好をしたジョゼフィーヌの像が祀られています。

 市の名称が「リュエイユ・マルメゾン」になったのは1928年のことですが、これはもともとの地名のリュエイユと、 有名なマルメゾン城の名称を合体させたもの。 例えて言うと「東金・八鶴湖市」のような名称だと思ってください (市外の方にはわかりにくい話題で申し訳ありません)。 だから、略すときには「リュエイユ」という本来の地名で呼ぶのが正解。 「マルメゾン」だけでは通じないのでご注意ください。

緑と花の町

リュエイユ・マルメゾン市写真
 パリの近郊にありながら、市の面積の約5分の1が緑地という緑豊かな環境を維持しています。 住宅地としての風光を大切に保ち、オー・ド・セーヌ県が主催する 「花いっぱいコンクール」ではいつも上位入賞しています。
 セーヌ河畔やマルメゾンの森は、四季を通じた市民の憩いの場ですが、 数多くの芸術家たちにも愛された場所です。特に印象派の画家には人気があったようで、 マネは「リュエイユの家」を、ルノワールはセーヌ河対岸のシャトゥーで「舟遊びの昼食」を描きました。

文化の香り高い町

街の写真
 リュエイユ市では市域を8つに分けて各地域に市予算を直接配分して、 一定の行政サービスを住民自治に委ねています。この住民自治組織は 「村議会(Le conseil de village)」と呼ばれ、担当する行政サービス実施のために市役所の各支所 (村役場/Mairie de village)に置かれています。 村議会の構成員は10名程度で地域の規模により異なりますが、 市議会から担当議員2名があてられ、そこに地域内の各自治会選出の代表が加わり、 道路、交通、衛生など市民生活に最も身近な行政サービスを行っています。
 また、市内にはたくさんの文化施設があります。 マルチメディアを楽しめるイマジン、最新の設備を誇るメディアテック、 演劇やコンサートができるアバン・セーヌ、数々の芸術家を輩出しているリュエイユ・マルメゾン国立音楽院、 有名な作家の名前を冠したアンドレ・マルロー劇場などがあり、 リュエイユ市ではこれらの施設を利用して文化行事が行われており、 国際映画祭やジャズ祭なども行われています。
 また、シニア世代専用にレストランクラブが市内に6か所あり、 昼食会や趣味の時間を過ごす場として利用されています。

パリからのアクセス

駅の写真

Etoile(凱旋門)から郊外電車(RER)のA1番線Saint-Germain-en-Laye(サンジェルマン・アン・レ)行きに乗れば、 5つ目の駅がRueil-Malmaison(リュエイユ・マルメゾン)です。

このページの担当

東金市 (法人番号 7000020122131)企画政策部 秘書広報課 広報広聴係 

電話: 0475-50-1114 ファクス: 0475-50-1299

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